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大阪地方裁判所 昭和39年(ワ)4362号 判決 1965年10月27日

理由

一  (一) 原告主張の本訴請求原因事実は被告の認めて争わぬところである。

(二) 右事実によれば、別紙目録1表示1の約束手形の第二裏書における被裏書人・安田信託銀行株式会社の表示、ならびに、同2の約束手形の第一裏書における被裏書人・大阪信用金庫難波支店の表示がそれぞれ抹消されているところ、こうした記名式裏書における被裏書人の表示だけの抹消がいかなる効果を生ずるかについては争があるが、当裁判所は、これによつて裏書全部の抹消があつたとみるべきではなく、記名式裏書が白地式裏書に転化したものと認めるのが相当であると考える。

したがつて右二通の約束手形は、いずれも原告にまで裏書の連続に欠けるところがなく、原告は、これらの手形の正当な所持人と推認するに妨げないものである。

(三) ところで、別紙目録1表示の二通の約束手形の振出人たる株式会社後藤商店が、満期前に割引先の大阪信用金庫に対し若干の金額を支払つて右各手形を入手し、引き続きやはり満期前にこれを原告に裏書譲渡したものであることは、当事者間に争がない。そこで被告は、右をもつて振出人の後藤商店が各手形金を支払うことにより手形債務を消滅せしめたものであるから、その後同商店から原告に手形の裏書がなされたといつても、原告が手形上の権利を取得したとはいえないと主張するのである。しかしながら、約束手形の振出人や裏書人といつた手形債務者が、手形金を支払つた上にせよそうでないにせよ、手形を回収した上、新手形を振り出す労を省き、さらに回収手形に裏書をなしてこれを他に譲渡し得ることは当然であり(手形法第七七条第一項第一号、第一一条三項後段参照)、この場合の裏書が呈示期間満了前になされている限り、当該手形の被裏書人は、手形署名者の全員に対する権利を取得すると解するにつきなんら妨げないものである。この点の被告の抗弁は、採用するに由がない。

(四) さらに被告は、別紙目録1表示の各約束手形にかかる株式会社後藤商店から原告への裏書が、訴訟行為をなさしめることを主たる目的としたものとして信託法第一一条に違反し無効であると主張している。しかしながら、後藤商店から原告に右各手形の裏書がなされた事情は、後記認定(二(二))のとおりであり、これを訴訟行為をなさしめることを主たる目的としたものと認むべき証左は全く存しないからこの被告の抗弁も、理由がないものである。

(五) また被告は、本訴請求が権利の濫用にあたるというが、右主張も、これを裏付けるに十分な具体的事実が本件の証拠上明らかでないから、排斥を免れない。

(六) なお被告は、反訴において右裏書行為が詐害行為であるとしてその取消を求めており、これが認容せねばならぬときは、本訴の約束手形金請求が排斥を免れぬ関係に立つものであつて(最高裁昭和四〇年三月二六日判決)、被告も、この点を本訴の抗弁としても主張しているように解されなくはない。しかし、右の反訴が棄却を免れぬことは、後段説示のとおりであるから、この点の被告の抗弁もこれを採用することができない。

(七) してみれば被告は、原告に対し、別紙目録1表示にかかる二通の約束手形金、ならびに、これに対する本訴の訴状送達の日の翌日から支払済に至るまで商法所定の年六分の率による遅延損害金を支払う義務があるから、その履行を求ている原告の本訴請求を正当として認容すべきものである。

二  よつて、以下反訴請求の当否について判断する。

(一)  株式会社後藤商店が、昭和三九年六月一五日、原告に対し合計金二、九四九、六二三円の別紙目録1表示の約束手形二通を裏書譲渡したことは、当事者間に争がない。

(二)  次に、《証拠》によれば、(イ)被告は、その主張(五(一))のとおりの事実関係に基き、別紙目録Ⅱ表示の約束手形二通の所持人として、振出人たる株式会社後藤商店に対し、これらの手形に表示の金額の合計金四、六四〇、七八八円の支払を請求し得る債権を有していること、(ロ)株式会社後藤商店は、他にも多くの債権者に対し債務を負担しており、その負債総額は、一〇〇、〇〇〇、〇〇〇円以上にも達していたのに、積極財産の額が大幅にこれを下廻り、昭和三九年六月六日を満期とする手形の支払をなすことを得ず、当時すでに倒産状態に陥つていたこと、(ハ)そこで、同年月日前後債権者らが集つて善後策を協議した結果、出席債権者の大多数の意見により、原告代表取締役を委員長とする委員会が組織され、同委員会が後藤商店の財産整理、各債権者への配分に当るようになつたこと、(ニ)その財産整理の一手段として、後藤商店において金融機関に対する各種預金債権等を資金としてさきに割引のため交付していた手形を買い戻し、これを各債権者に配分すべき資産に充てることとしたのであり、別紙目録Ⅰ表示の各手形も、こうした買戻手形にほかならないこと、(ホ)原告は、従来から後藤商店に対し四、七〇〇、〇〇〇円程度の各種債権を有していたが、その他前示のとおり同商店が手形を買い戻すにつき少なくとも六、〇〇〇、〇〇〇円程度の貸付を同商店に対してなしたのであり、後藤商店は、右整理手続の遂行上原告から貸付を受けた金員の支払のため、別紙目録Ⅰ表示の約束手形二通を原告に裏書譲渡したものであること、(ヘ)被告は、こうした原告をはじめとする他の債権者らによる私的財産整理には当初から反対の態度を示していたが原告らにおいては被告のためにも相応の配分額を留保し、被告が受領しないままこれを保管していることが認められる。

(三)  以上の認定事実によれば、株式会社後藤商店から原告への別紙目録Ⅰ表示にかかる二通の約束手形の裏書譲渡は、既存の債務の支払のためになされたにすぎぬ意味において、同会社の一般財産の減少をもたらしたものといえないのみならず、右既存の債務も同会社の倒産に伴う私の整理手続を遂行するにつき被告が原告に負担するに至つたにすぎぬものであり、その整理手続において特に被告ら一部債権者を排除する意図があつたともいえないから前示の債務の支払のためになされた手形裏書が、同会社と原告との間において、他の一般債権者を害するため通謀してなされたものであると認めることは、困難といわなければならない。

してみれば前示の各手形裏書は、民法第四二四条による取消の対象となるべき詐害行為になるものとは認めることができず、右と反対の前提に立つ被告の反訴請求は、理由がなく、棄却を免れない。

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